浴びて参りました

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月曜日から2泊2日で、奈良博で開催中の
「快慶展」
に行って来た。

いやぁ、もう、めっちゃ良かったですやん!

美しさこの上ない
醍醐寺の弥勒菩薩像。
肖像彫刻の白眉
重源上人像。

そして、奈良博から出て東大寺南大門に行って
南大門金剛力士像
を拝観し、改めて快慶の力量を噛みしめられる喜び。


奈良・・・
と言えば、最近は走ってばかりだったけど、久々に
仏浴
して参りました。

唐招提寺
奈良博
興福寺
東大寺
の諸尊。


浴びた!
浴びた~!
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秋冬のトレンド

来るよ!
来るよ!



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螺髪ニットキャップ♪

続 びわ湖・長浜のホトケたち

昨日、雨の中を行って参りました、東京藝大美術館。


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どちらかと言えばマニア嗜好の展覧会のせいか、それ程の人は居らずゆっくりと観覧(拝観?)出来たのはありがたかった。

50躰近くの御仏の多くが比叡山の天台信仰により刻まれた平安時代の作。
平安仏は、中央政権の下に刻まれた洗練されたお姿と言うのが定番だが、この里の御仏たちは田舎臭い。
恐らく最初は洗練されていたのだろうが、寺が廃れて残された御仏を地元の方々がお守りするうち、次第に泥臭さくなって行ったような気がする。
もちろん、田舎臭さも泥臭さも否定的に言っているのではなく、この御仏たちを唯一無二の存在にさせると言う意味で。


↓以下は、図録に寄せられた長浜市長のあいさつ文

「観音の里」として知られる長浜市は、北部地域を中心に、百を超える観音像が伝わり、村々のお堂には薬師如来像や阿弥陀如来像、そして大日如来像が村人の手によって守り継がれている「信仰の里」でもあります。
大きな寺社に守られることはなく、地域の生活に根づき、住民たちの日々の暮らしや、村の結びつきの中で、その風景の中に自然とたたずんでいらっしゃる「ホトケ」を、大切に守り継いできました。千年に及ぶかという、この地域の村人の信仰と暮らしが映し出されているのが、長浜のホトケたちなのです。
(以下略)


本当に、この文章通りの御仏と村の人たちの結びつき。

この展覧会は「御仏に逢う」と共に「観音の里の人たちの心に触れる」ことでもあり、随分と気持ちが入り込んだ。
そのせいか、こうしてブログに綴っていても、御仏の特徴やら印象をつらつらと書く気持ちにはなれず、御仏称賛を書く気持ちにもなれない。
「平安時代の御仏がこうして目の前におはすこと」と「戦国の世から御仏を守り続けて来た村の人々」はまったく同じ重さであるので、片方だけに焦点を当てることが出来ない。

それでも、少しだけ書くなら、井上靖「星と祭」に登場する御仏の中で、医王寺の十一面観音菩薩立像だけは拝観していなかったので、その御仏にお逢い出来たのが嬉しく、また展覧会でたまに「目と目が合ってしまった」御仏がおはすのだが、今回目が合ってしまったのが、この↓大日如来坐像だった。

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何か、めっちゃ惹かれた。

そして、みうらじゅん絶賛の御仏がこちら↓

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千手千足観音菩薩立像

如何にもみうらじゅん好みの御仏www
赤塚不二夫のマンガみたい。

他に例を見ない千本の足をも持つ観音さまは、台密の影響があったらしいが、ひょっとするとこの観音さまに
マラソン自己ベスト更新祈願
をするとご利益があるかもwww


現在の近江は全寺院数の77パーセントが真宗寺院の「真宗王国」とも言われ、それは室町中期に登場した本願寺の蓮如の布教があったことに起因する。

平安時代以降、天台傘下として己高山を中心に栄えた湖北の寺々は、室町時代には弱体化し、かわって一向宗・曹洞宗などが農民勢力の台頭に併せて勢力を伸ばし、戦国の動乱期にいたって、さらに大きく変容した。
村々にあった天台寺院の多くは無住・廃寺化し、そこに残されたホトケたちは、村の守り本尊として民衆に迎えられていった。地域住民とホトケとの関係は「ホトケをお守りしながら、ホトケに守られる」「守られながら、お守りする」、ホトケは地域に欠くことのできない存在なのである。
湖北地方では、大多数を占める真宗門徒が、天台時代のホトケたちを護持していることも、この地方の特色である。宗派・教義といった枠を超えて、聖なるモノ、神やホトケを無条件で大切にする心が、湖北の人々に今も受け継がれている。

高月観音の里歴史民俗資料館学芸員 佐々木悦也氏の巻末持論一部抜粋


ほんと、そう。
宗派や教義はあまり関係のない
村の仏さま
なんだよね。

穏やかで、控えめで、柔軟で・・・
良いなぁ、こう言うの。

日本人ならではと言うか・・・
農耕民族ならではと言うか・・・
素敵だなぁ、こう言うの。

びわ湖・長浜のホトケたち

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↑このツイから東京藝大美術館に飛んで出品目録を見たら、もう凄いの何のって!
滋賀県湖北の御仏が大挙して
「東京だよ、おっかさん」
をやっている。

もうね、全身ブワ~ッ!ですよ。


「びわ湖・長浜のホトケたち」

↑東京藝大美術館サイトから

「観音の里」

↑観音の里サイト


思い出すに、自分の仏像巡礼は湖北の御仏巡りから始まった・・・(懐)

その当時、通信教育の草分けとも言えるNHK学園の「仏教美術への招待」講座を受講しており、受講生向けのスクーリングツアーの案内の中に
「湖北の御仏を訪ねて」
と言うものが目に留まった。

渡岸寺の十一面観世音立像
石道寺の十一面観世音立像
櫟野寺の十一面観世音坐像
などの、まさに垂涎ものの御仏を巡るツアーで、何としてでも行きたいと思った。
しかし、その時はまだ子カメたちが小さくて、その子たちを置いて2泊3日の旅行に出るのもどうかと思い、しかし、そう思うそばから琵琶湖周辺にひっそりと佇む御仏への思慕は何物にも勝って行く。
意を決して、その頃はまだまだ健在だった義父に参加したい旨を告げたものの、返事は今ひとつ。
しかし、義父にとっては不幸なことにw煮え切らない返事が自分の想いを焚き付けることとなり、益々行きたくなるのだった。
(単に反抗的とも言うwww)
かくなる上は説得工作しかない!
そう思って書きましたよ、A4レポート用紙実に4枚分の
「何故に私は行きたいか」

それを義父は読んだか否か分からないが、自分の熱意が伝わったのは確かで、今度は快諾してくれた。
かくして仏像巡礼の扉は開かれた!
それ以降はなし崩し的にw毎年NHK学園スクーリングに参加・・・ヘヘッちょろいもんだぜ!

そうして湖北の旅から始まり、若狭や播磨や安芸・・・選りすぐりの御仏を巡ることが出来た。
中でも一番印象深いのが湖北。
自分にとっての最初の一歩と言うことも大きいが、何と言っても湖北の御仏は「その佇まい」が美しい。
戦乱の焼き討ちに遭うも、村の人たちは御仏を地中に埋めたり川底に沈めたりして戦火から守り、今日までずっと「村の仏さま」として大事にお守りしている。
美しい御仏と純真な心とが折り重なる姿はまさに
信仰とはかくあるもの!
と感動せざるを得ない。

御仏に寄り添う村の人たちと、村の人たちを優しく見守る御仏。
この絵が実に素晴らしいのだ。



その湖北の御仏たちが東京にお出ましになっている。
もちろん、現地で拝観するほどの感動はないと思うが(当たり前だ)色々と美しい御仏群に埋もれるべく、今度の金曜日に東京藝大美術館に行って参りますっ!

童地蔵

先日の「松本明慶佛像展」で契約したお像が本日めでたく納品となった。
(開眼前なので「納品」で良かろう)


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段ボール箱の中に、それは丁寧に梱包されていた。

ワタクシも、このように大事にくるまれた箱入り嫁になりたいものだ(悲願)


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安置しました。

後ろのお軸も、「煩悩即菩提」から「般若心経」に替えました。


今年3月に、とある檀信徒さまより
「寺のために使って下さい」
と多額のご寄付を頂だいした。
そして、その方のお名前を良い形で後世まで残せるにはどうしたら良いか?
と考え、当寺ご本尊を刻んだ大仏師の作品に変えることが一番であると結論付けたのだった。

愛らしい中にも凛としたものを感じさせる童地蔵に、
流石は松本明慶!
と思わざるを得ない。


業火に呑まれ何もかもを失ってしまった当寺の財産目録に、また新たな一項目が追加された。
本当に有り難いことです。

合掌
プロフィール

カメ

Author:カメ
未だ嵐メンバーの顔と名が一致しない。
キスマイ?ジャンプ?
ジャニーズは闇。

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